レトリックの構文
レトリックの表現には文法的なパターンがあります。言語は無限の形を生み出す可能性をもっていますが、そのなかで実際に使われる形式はごく一部です。レトリックには、ある形式と修辞的な意味がペアになって、構文をつくっているものがあります。例えば「AのようなB」というパターンからは、多種多様な意味をもったレトリックが生まれますが、たいてい隠喩的な意味を表します。
このページでは用例の文法論的アノテーションについて述べています。
文法論的アノテーション
枠組み
本コーパスでは、「形態素レベル」と「構文レベル」の2つのレベルで文法論的アノテーションを行っています。
形態素レベル
形態素レベルでは、文法形態素に関しては助詞、助動詞の分類を行い、語彙形態素に関しては副詞、名詞その他の語彙を分類しています。
文法形態素の分類は「『現代語の助詞・助動詞』分類語彙表番号付与版」(以下『現代語の助詞・助動詞』)を用いています。それぞれの用例の構文には、『分類語彙表』に対応した分類番号のIDが紐付けられており、そこから分類をたどることができます。
- 『現代語の助詞・助動詞』の分類は、より上位のものから、類/中項目/分類項目/用法からなります。このコーパスでは便宜的に、『現代語の助詞・助動詞』の「類」をDomain、「中項目」をGroup、「分類項目」をSectionとよんでいます。助動詞についてはSectionごとに活用形を区別して、Classとよんでいます。
- 本コーパスでは、助詞についてはSectionを、助動詞についてはClassを形態素分類の最小単位として、文法のアノテーションを行っています。コーパス内にはClass、Section、Group、Domainをすべてあわせて947個のページがあります。
語彙形態素の分類は、意味論的アノテーションと同様に『分類語彙表-増補改訂版データベース』(以下『分類語彙表』)を用いています。それぞれの用例の意味には、『分類語彙表』に対応したIDが紐付けられており、そこから分類をたどることができます。
- 使用方法は基本的に意味のパターンと同じです。
構文レベル
直喩・シミリ (simile)などの用例では、比喩的な意味を表すために、特定の構文の形式が用いられています。例えば「その竹へ、馬にでも乗るように跨りました」「老人はギラギラした目でなめるように擦り寄ってきて」「舞っているように身軽く立ち働き」には「AようにB」という構文が共通して用いられており、Aは比喩の起点領域、Bは比喩の目標領域です(「起点領域」「目標領域」については意味のパターンを参照してください)。本コーパスでは、構文の文法的構造と、構文の語彙的なスロットが表す概念領域の対応関係を分析します。
以下のページは、『現代語の助詞・助動詞』と『分類語彙表』にもとづく形態素のリストです。
用例の分析
以下のような方針で、具体的な用例の文法論的アノテーションを行っています。
- 「ような」のような特定の文法形式だけでなく、修辞的な意味に関係する構造全体が構文であると考えます。
- 構文を構成する形態素はそれぞれ、その形態素の前、後、または両方の語彙的スロットを結合して、比喩的な意味の一部を表すと考えます。
例
例えば「蝉の声が降るように聞こえて来る」では、この表現が次のように比喩的な意味を表しています。
- 構文形式は「AがBようにC」
- Aは共通項(Elaboration)
- Bは起点領域(Source)
- Cは目標領域(Target)
- 「が」はAとCを結合する
- 「ように」はBとCを結合する
この場合、「が」の用法クラスはが-主語です。このSectionは以下のように、Group、Domainに分類されています。
また、「ように」の用法クラスは様-類似-連用形です。このClassは以下のような分類に入っています。
構文は「AがBようにC」です。
構文の類型
「構文レベル」のアノテーションとして、本コーパスでは直喩・シミリ (simile)の分析結果にもとづいて、「隠喩指向構文」と「換喩指向構文」を区別しますが、分析の進展にともなって、他の構文タイプが必要になるかもしれません。
隠喩志向構文
概念メタファーは、ある概念領域と、別の概念領域の対応関係の集合です(意味のパターン参照)。起点領域(Source)と目標領域(Target)を、何らかの共通要素(Elaboration)によって対応づけるような構文があります。本コーパスではこれを「隠喩志向構文」とよびます。
隠喩志向構文の語彙的スロットは、以下のいずれかを表します。
- Source:概念メタファーの起点領域
- Target:概念メタファーの目標領域
- Elaboration:起点領域と目標領域の共通要素
換喩志向構文
隠喩志向構文と対照的に、換喩志向構文は概念メトニミーを表す構文です。
換喩志向構文の語彙的スロットは、以下のいずれかを表します。概念メトニミーは領域間ではなく、要素間の写像であるため、「起点要素」「目標要素」とよびます。
- Source:概念メトニミーの起点要素
- Target:概念メトニミーの目標要素
- Elaboration:起点要素と目標要素の共通性
その他の構文
現在(2024年1月)では、文法論的アノテーションは主に直喩・シミリ (simile)を対象にして付与されています。しかし、次のようなカテゴリーには構文的なパターンがあり、将来的にはアノテーションが必要です。
- くびき語法 (zeugma)など、構文によって1つの語が両義的な意味をもつ用例
- 列挙法・列挙・列叙 (enumeration)など、例示の構文が用いられる用例
- 反復法・反復 (repetition)など、同じ形式が反復的に用いられる構造をもつ用例、他
アノテーション結果
※用例数は2024年1月22日現在