目次

「枯野に窮死した先達を歎かずに、薄暮に先達を失った自分たち自身を歎いてゐる」

Page Type Example
Example ID a1164
Author 芥川龍之介
Piece 「枯野抄」
Reference 『芥川龍之介』
Pages in Reference 303

Text

『野ざらしを心に風のしむ身かな』――師匠は四五日前に、『かねては草を敷き、土を枕にして死ぬ自分と思つたが、かう云ふ美しい蒲団の上で、往生の素懐を遂げる事が出来るのは、何よりも悦ばしい』と繰返して自分たちに、礼を云はれた事がある。が、実は枯野のただ中も、この花屋の裏座敷も、大した相違がある訳ではない。(…)だから師匠はやはり発句の中で、しばしば予想を逞くした通り、限りない人生の枯野の中で、野ざらしになったと云って差支えない。自分たち門弟は皆師匠の最後を悼まずに、師匠を失った自分たち自身を悼んでゐる。枯野に窮死した先達を歎かずに、薄暮に先達を失った自分たち自身を歎いてゐる。が、それを道徳的に非難して見た所で、本来薄情に出来上つた自分たち人間をどうしよう。

Context Focus Standard Context
枯野に窮死した先達を歎かずに、薄暮に先達を失った自分たち自身を歎いてゐる (師匠の最後を悼まずに、師匠を失った自分たち自身を悼んでゐる)

Rhetoric

Semantics

Source Relation Target Pattern
1 枯れ野 = 人生 人生=原野

Grammar

Construction
Mapping Type

 

Lexical Slots Conceptual Domain

 

Preceding Morpheme Following Usage

Pragmatics

Category Effect
イメジャリー・イメージ (imagery) ここでは「枯野に窮死した先達」は、語り手の「師匠」が物理的には美しい蒲団のなかで最後を迎えたものの、精神的にはさびしい最後であったことを表している。これらの背景が「枯野」における窮死として描かれることによって、精神世界の寂しさが、枯野の寂しい情景として捉えられている。
前景化 (foregrounding) 小説の冒頭に掲載されている、芭蕉の辞世の句「旅に病むで夢は枯野をかけめぐる」に現れる「枯野」のイメージを強調する。
訂正・換言 (epanorthosis) 先行する「自分たち門弟は皆師匠の最後を悼いたまずに、師匠を失つた自分たち自身を悼んでゐる。」をより詩的に言い直すことで、自分たちの経験の本質を言い当てる。
対照法・対照 (antithesis) 「先達」と「自分たち自身」を対比させる表現。枯野の寂れたイメージによって、失意の中で死んでいった先達の無念が描写されている。これとは対照的に、先達の死に接した門弟たち自身は夕暮れ時の寂しさ程の感傷しかえておらず、その嘆きすら自らに向けられている、という状況と感情の乖離が見て取れる。
図地構成 (figure-ground organization) 本来は亡くなる本人に対して悲しみの感情を向けるべきだが、残される自分自身たちを哀れんでいるという逆転の発想が見られる。