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「執拗(しつこ)かった憂鬱が紛らされる」

Page Type Example
Example ID a2375
Author 梶井基次郎
Piece 「檸檬」
Reference 『梶井基次郎』
Pages in Reference 17

Text

その日私はいつになくその店で買物をした。というのはその店には珍しい檸檬(れもん)が出ていたのだ。檸檬などごくありふれている。がその店というのも見すぼらしくはないまでもただあたりまえの八百屋に過ぎなかったので、それまであまり見かけたことはなかった。いったい私はあの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈たけの詰まった紡錘形の恰好(かっこう)も。――結局私はそれを一つだけ買うことにした。それからの私はどこへどう歩いたのだろう。私は長い間街を歩いていた。始終私の心を圧えつけていた不吉な塊がそれを握った瞬間からいくらか弛(ゆる)んで来たとみえて、私は街の上で非常に幸福であった。あんなに執拗(しつこ)かった憂鬱が、そんなものの一顆(いっこ)で紛らされる。――あるいは不審なことが、逆説的なほんとうであった。それにしても心というやつはなんという不可思議なやつだろう。

Context Focus Standard Context
執拗(しつこ)かった (長引いた) 憂鬱

Rhetoric

Semantics

Source Relation Target Pattern
1 しつこい = 持続的 絶えず=粘り強い

Grammar

Construction
Mapping Type

 

Lexical Slots Conceptual Domain

 

Preceding Morpheme Following Usage

Pragmatics

Category Effect
擬人法 (personification) 「しつこい」という一般にヒトに対して用いられる形容詞を以て感情名詞を修飾することで、感情を擬人化している。
心理描写 (psychological-description) 感情がまるで意志を持った他人であるかのように主体から区別され、主体の意志ではそれをなかなか解消できなかった様子が示唆されている。
異例結合 (-) 「しつこい」という一般にヒトに対して用いられる形容詞を以て感情名詞を修飾することで、感情を擬人化している。