目次

「小さい流れがサーッと広びろとした江に変じてしまった」

Page Type Example
Example ID a1256
Author 梶井基次郎
Piece 「交尾」
Reference 『梶井基次郎』
Pages in Reference 64

Text

こんな風にして真近に河鹿(かじか)を眺めていると、ときどき不思議な気持になることがある。芥川龍之介は人間が河童(かっぱ)の世界へ行く小説を書いたが、河鹿の世界というものは案外手近にあるものだ。私は一度私の眼の下にいた一匹の河鹿から忽然(こつぜん)としてそんな世界へはいってしまった。その河鹿は瀬の石と石との間に出来た小さい流れの前へ立って、あの奇怪な顔つきでじっと水の流れるのを見ていたのであるが、その姿が南画の河童とも漁師ともつかぬ点景人物そっくりになって来た、と思う間に彼の前の小さい流れがサーッと広びろとしたに変じてしまった。その瞬間私もまたその天地の孤客たることを感じたのである。

Context Focus Standard Context
(小さい流れ)

Rhetoric

Semantics

Source Relation Target Pattern
1 = 小川 小川=浦

Grammar

 

Lexical Slots Conceptual Domain
A Target
B Source

 

Preceding Morpheme Following Usage
1 A 変じて が-主語
2 B に[変じてしまった] に-成り行く状態・結果
3 B [に]変じ[てしまった] 変える(かえる)
4 B [に変じ]て[しまった] て-補助用言に連なる用法
5 B [に変じて]しまっ[た] 終止する(しゅうしする)
6 B [に変じてしまっ]た た-過去-終止形

Pragmatics

Category Effect
風景描写 (scene-description) 河鹿を眺めながら、今いる場所を南画の世界という別世界として錯覚する特殊な認識を背景として、目の前の小川が南画の世界の雄大な江として立ち現れていることを表す。
イメジャリー・イメージ (imagery) 南画の世界の雄大なイメージを目の前の小川に当てはめている。
アナロジー・類推 (analogy) 南画に関する記述を受け、江を類推的に導き出す。