目次

「眼底を払って去った如くかすかな笑を浮べて」

Page Type Example
Example ID a1172
Author 芥川龍之介
Piece 「枯野抄」
Reference 『芥川龍之介』
Pages in Reference 307

Text

丈艸(じょうそう)のこの安らかな心もちは、久しく芭蕉の人格的圧力の桎梏(しっこく)に、空しく屈していた彼の自由な精神が、その本来の力を以て、漸(ようや)く手足を伸ばそうとする、解放の喜びだったのである。彼はこの恍惚たる悲しい喜びの中に、菩提樹の念珠をつまぐりながら、周囲にすすりなく門弟たちも、眼底を払って去った如く、唇頭(しんとう)にかすかな笑を浮べて、恭々しく、臨終の芭蕉に礼拝した。

Context Focus Standard Context
眼底を払って去った (忘れ去った)

Rhetoric

Semantics

Source Relation Target Pattern

Grammar

Construction AもBごとくC
Mapping Type 概念メタファー

 

Lexical Slots Conceptual Domain
A Elaboration
B Source
C Target

 

Preceding Morpheme Following Usage
1 A C も-「〜も〜、〜も〜」
2 B ごとく C ごとし-類似-連用形

Pragmatics

Category Effect
人物描写 (description of a character) 周囲ですすりなく門徒達とは異なり、自分を圧していた師匠の存在が消え失せたことにひとり喜びを感じていること、そして場違いにも笑みを浮かべていることを、周囲の門徒達が見えていないかのような様子であると述べることで描写する。門徒達の存在を視界(=心)から追いやったということを、涙を拭い去るという具体的な行為によって表している。
兼用法・異義兼用 (syllepsis) 「眼底を払う」は、実際に涙を拭うことと、弟子達の存在を心から追いやることの両方を表していると考えられる。